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2018年8月31日 (金)

『塩狩峠』を読んで

『塩狩峠』(三浦 綾子著 新潮社 ISBN               978-4-10-116201-0)を読みました。明治に北海道で起きた鉄道事故を題材にした、小説です。

1909年(明治42年)に、(現在のJR北海道 宗谷本線)の蘭留駅を出発した名寄発旭川行きの最終急行列車が、塩狩峠の頂上付近に差し掛かった時に、最後尾の客車の連結器が外れて、逸走する事故が発生して、この客車に乗り合わせていた鉄道員の旭川鉄道運輸事務所庶務主任 長野政雄氏が客車デッキ上のハンドブレーキを操作して停止を試みるも、デッキから転落して、床下に巻き込まれて殉職した事件を基になっています。

この小説の主人公 永野信夫は長野政雄氏がモデルですが、長野政雄氏でないことは、著者も明記していました。

主人公の永野信夫は士族の生まれで、祖母がキリスト教が嫌いなために、キリスト教徒であった母親と生き別れてしまい、祖母からは、母親は死んでしまったと教えられて育ちます。

士族・キリスト教嫌いとという、教育を受けたため、そのような考え方に染まり少年時代を過ごす主人公ですが、キリスト教徒である母親・妹との再会などを通して、最初は反発して、そして徐々に聖書やキリスト教に興味を示します。

そして、祖母・父親との突然の死別で、「死とは何か」、裁判所勤めのときに、幼馴染が罪人として再開したことで、「罪」とは何かなどを悩むようになっていきます。

そして、友人との再会後、友人のいる北海道に渡り、鉄道員になります。そこで、キリスト教に改宗して、聖書の文言を徹底的実行して、自分は「いかに罪深い人間」と感じることになります。

そして、友人の妹との結納の日、名寄からの汽車が塩狩峠で、連結器が外れて、最後尾の客車が逸走する事故が起こり、永野はデッキのハンドブレーキをかけようとするが、というあらすじです。

私自身は、キリスト教徒ではありませんが、従妹夫婦がキリスト教徒であるので、身近ではあります。

キリスト教は邪教だ、外国の宗教だと小説内で、神仏を信仰する日本人が、キリスト教徒を迫害しますが、それは、無知なものを恐れる心理なのかと思います。

キリスト教色の強い小説ですが、仏壇に手を合わす仏教徒かつ神棚に榊・水・お米・お酒をお供えする神道を信仰する(?)私でも、読み通せますので、神道だからとか、イスラム教だからなどと言わず、読んでみたら如何でしょうか?

ただ、どうしてもキリスト教の考えに「納得できない」ことも確かです。

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