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2019年4月

2019年4月29日 (月)

砂の器(松本清張著)を改めて読んで

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(作中にも出てくる木次線 撮影した出雲横田は…以下自粛 2018年10月撮影)

砂の器がフジテレビ開局60周年記念ドラマとして、2019年3月28日放送されていたことを知らずに、同日にツタヤで1974年版の「砂の器」のDVDを借りて、見ていました。

フジテレビのドラマは見ていないので、何とも言えないのですが、小説をもう一回読み直してみて、その感想を書こうかと思います。読んだ人も多いと思いますが、未読の人は読んでもらいたいです。

読んでみて、松本清張の小説は次へ次へと読みたくなってドンドン読めてしまう小説だと改めて思いました。読むのが、苦にならないという感じです。

何故東北弁の「カメダ」が、島根県の出雲地方に繋がっていくかや、犯人の捜査かく乱を狙った工作、ふとしたきっかけから証拠品が見つかったり、音楽を使った仕掛けや戦争のドサクサに紛れての戸籍操作など、次のページをめくりたくなる伏線が張ってあります。
(一部、矛盾したところがあるかもしれませんが、そこにめくじらを立ててもつまらないので「小説だから」と割り切ってます)

しかし内容は、国鉄蒲田操車場での殺人事件に始まり、次々に事件の関係者が自殺や変死をしていくということに加えて、ハンセン病への激しい差別や村八分といった、日本社会の恥ずべき歴史が犯人の犯行動機に大きく影響するなど重いものです。
「ハンセン病」を「業病」(※2)「不治の病」と表現する箇所があり、まだ差別意識が強い時代(※1)がそう書かしたものであると思いました。

また、ヌーボーグループという若手文化人集団が出てくるのですが、既成概念の破壊など崇高な理想を掲げているのは、実際は「出世欲」や「身分主義」に支配されて、犯罪を犯してしまうというのは、連載当時の若者に対する著者の警告だったのかもしれないと、思えてしまいます。

※1)砂の器は1960年5月17日~1961年4月20日に読売新聞夕刊で連載されていました。1953年(昭和28年)「らい予防法」が成立したことを考えれば、差別意識が強い時代と言えると考えられます。

※2)「「業病」・・・(前世の悪事の結果と考えられていた)難病」 新明解国語辞典第7版(三省堂)より

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